「創作の翼」特別企画
トップクリエイター対談
ESP湯澤×イラストレーターRella

初音ミク16周年キービジュアルに描かれた創作の羽根をモチーフにしたギター、創作の翼「Wings Of Creation」を製作したギターメーカーESPのビルダー湯澤と、キービジュアルを手掛けたイラストレーターRella氏との夢の対談が実現しました。


2007年の初音ミク誕生時、
何か物を作ることが好きな人というのは
彼女にたどり着いていた



━━ はじめに湯澤さんについて教えてください。現在に至るまでにどのようなキャリアをつまれてきたのでしょうか。


湯澤:
元々絵を描いたり、何か物を作ることがとにかくやりたくて。でも、実際それを仕事にするのは中々難しいじゃないですか。一体どうやったら自分の趣味、つまり絵を描いたり物を作ったりして生活できるかなと悩んでいたのですが、そんな時「ギターにエアブラシで絵を描く」仕事があることを、学生の頃に知ったんですよね。

「これだったら生活できるかもしれないな」と思って、ESPの学校に入りました。絵を描くことと同時に音楽も好きだったので、両立してやっていきたい思いがありました。卒業後はそのままESPに就職し、最初はギター本体、つまりネックやボディーを作ったりしていたのですが、次第にエアブラシでギターに絵を描く仕事もいただけるようになりました。

あるとき「ギターに彫刻を施す」というカスタムギターの話が入り、その時「やります!」と思わず手を上げてしまって。そこから彫刻もやるようになりましたね。

ESPは元々カスタムギターを売りにしている会社なので、通常の会社よりもお客様の要望の幅がものすごく広いんですよ。そういった要望に答えていくうちにTHE ALFEEの高見沢俊彦さん、METALLICAやMonster Hunterとのコラボレーションといったギターをやらせていただいたりもしました。

かれこれもう30年くらいこの仕事を続けさせていただいています。
僕はギターが心から大好きなのですが、ギターの機構や音そのものを追求するよりも、他のことで貢献したい思いがあって、デザイン的なカスタムギターを作っています。しかし、「演奏できるかどうか」ということは第一に考えていることですね。デザインだけで実用性が無いのはダメだと思っているんです。


━━ ESPさんと初音ミクがエンドースメント契約※ したのが2020年8月31日ですが、湯澤さんはそれ以前から初音ミクをご存じでしたか?

※アーティストのサポート活動のこと


湯澤:
最初の初音ミクが発売されたのが2007年ですが、当時は音楽や、何か物を作ることが好きな人というのは、結局吸い寄せられるように初音ミクにたどり着いていたと思うんですよ。
当時のニコニコ動画は凄く特殊な空間で、外の世界とおもしろがり方の感覚が全然違ったんですよね。そこがとても魅力的でした。

それから数年が経つと、インターネットやSNS含め、外と内があまり変わらなくなってきてしまったんですが、初音ミクが発売されてから最初の3年くらいは本当に新鮮な気持ちでニコニコ動画を見ていましたね。

初期の初音ミクについて一番思うのは、「皆が初音ミクを存在させていた」ということです。ボカロPのPはプロデューサーのPな訳ですが、初期のボカロPというのは特に、「初音ミクをプロデュースしている」という感覚が強かったと思うんですよ。
自分自身ではなくて、本来存在しないはずの初音ミクを存在させることに重きが置かれていた。例えば、本来喋らせる為のソフトではない初音ミクに敢えてセリフを歌わせたり、等身大の初音ミクの模型を作ったり、MMDで初音ミクが人間のように踊る映像を作ったり、そういった作品がとても面白いなと感じていました。

Rella:
本当に分かります。
最初はバーチャルな存在だった初音ミクを、皆が「もうちょっと現実に引き寄せよう!」という熱意で、存在させようとしていたんですよ。色んなチャレンジが色んな形で行われていて、それらが次第に繋がって、点が線に、そして面になっていったんだと思います。

私は大学卒業の手前、将来について悩んでいて、イラストレーターとして生きていくのか、それとも別のデザイナー的な仕事に就くのか、分からなくなっていました。イラストを仕事にするにしても、「ソーシャルゲームのイラストを仕事にしようかな」などと考えていたんです。

でも、仕事のイラストというのは、完成して納品した途端に自分のものではなくなってしまう感覚が強烈にあって、そこに違和感を感じていました。でもそんな時、「ミクのイラストなら、納品した後も自分の中に一部が残る」ということに改めて気付いたんです。

ミクの場合、最初のオリジナルだけが一次創作だという堅苦しい雰囲気が無くて、公式が色んなミクの在り方を認めていたり、逆に元々二次創作だったものが公式になったりすることもありました。
そのため、二次創作としてのイラストを描いていても、「これは1.5次創作だ!」という感覚が常にありました。

湯澤:
ちょっと個人的なお話しになりますが、僕は2000年代前半、日本で作られたあらゆる音楽が全然心に来なくなってしまっていたんです。
そんな中で初音ミクの曲が投稿され始めて、とにかく初音ミクの声が色々聴きたかったので、JPOPのカバー音源を聴いたとき、とてもびっくりしたんです。

「あれ、この曲の歌詞ってこんなに心に来るものだったっけ。」って。
以前は全く心に響かなかったのに、初音ミクが歌ったら心に届いたんですよ。

Rella:
人間のボーカルの場合、ボーカリストのキャラクターや歌い方の主張がとても強いので、歌詞や曲の印象がそれに引っ張られてしまう。でもその点、ミクの声は本当にフラットでノイズが無い。純粋なんですよね。だから人によって、どんな印象にも捉えられる。


━━ 湯澤さんに好きなボカロPはいましたか?


湯澤:
ラヴリーPさんとか、ああいった雰囲気の曲がグッと来ました。
ただ、再生数とかは全く気にしていなくて、その時々に上がっていた曲たちを、ランキング関係なしにランダムに再生してみるということをしていました。

Rella:
私も中学の頃、毎日曲を漁っていたんですが、一番楽しかったのは、特定のタグを漁ることでしたね。曲の種類によってタグが付けられているんですよ。「ききいるミクうた」と「ミクトロニカ」とか。そういうタグを、最初から最後まで一気に聴くのがとても楽しかったです。


━━ 湯澤さんはRellaさんの作品で何か好きな作品はありますか?


湯澤:
京都の北野天満宮とのコラボイラストですね。題材と初音ミクとの合わせ方が、僕にとってはとても強力だった。

Rella:
ありがとうございます。京都・北野天満宮で開催されたイベント『KYOTO NIPPON FESTIVAL』のイラストは私にとって初めての大掛かりなお仕事でして、初めて「現地に行って、その体験を元にイラストを描く」ということをしました。「初音ミクは本当に色んなものとコラボできるんだな」ということを改めて実感したお仕事でしたね。